―――永劫(アイオーン)!
時の歯車。断罪(さばき)の刃。
久遠の果てより来る虚無―――永劫(アイオーン)!
汝より逃れ得るものは無く、汝が触れるものは死すらも死せん!!
               斬魔大聖デモンベイン 機神胎動。


―――鋼の巨人が宇宙(そら)を翔ける。

 それは、神の模造品。魔術によって作られた偽神。鬼械神(デウス・マギナ)。
 外道の力持て、外道を殲滅する刃その物だ。
 そして、その巨人の前には、さらに巨大なおぞましい肉塊が存在していた。
「イグヰイイ……イグナイヰ……。トゥフルトゥクングア……。
よぉぐそおほぉとおおお……。」

 そこに存在するのは異形の肉の塊。果てしのない肉の球体が重なり合ったような姿。
 その最も特徴的なのは人の瞳。瞳は一つだけでない。肉の表面にびっしりと存在する。
 所々には人の目を極限まで膨張させ、醜悪にさせた瞳そのもの。
しかし、その肉塊は弱っている。所々も消滅しかけ、もう瀕死寸前の状態だ。

 これを成し、肉塊の前に敢然と存在する鬼械神こそ、アイオーン。《永劫》の名を冠する漆黒の機械神。
 これこそ、理不尽に対する死神。罪を犯した外道どもを殲滅する断罪者そのものだ。

「ち、父上!父上!何故助けてくれないんだ!」

 絶叫。人間の口を遥かに大きく、醜く歪ませた口から、人と獣が交わったような悲鳴が聞こえる。
 その言葉を最後に、異形は爆発して、消滅した。昇滅。まさしくその名に相応しい滅びだ。
 塵一つ残りはしない。そう、それを与える事こそ、我らが使命なのだから。

「……く。」

   その内部、操縦席で、一人の少女が微かな呻き声を上げた。
 彼女こそ、死霊秘法(ネクロノミコン)の精霊、アル・アジフ。
 今ほど虚無へと返したのは、忌まわしきヨグ・ソトースと人間との混血児、ウェイトリー弟だ。
 ウェイトリー弟との戦いは激戦であった。
  主は戦いの余波により塵へと還り、アイオーンもズタズタに傷ついていた。

 まず、片足が砕け散り、胸部分の表面装甲には断ち割られたような大きな傷があった。
 よくよく見れば、表面装甲にも細かい罅が走っている事が解る。
 ウェイトリー弟の攻撃によって、彼女の主は灰も残らず消し飛んでしまった。遺言などない。
   もう、粉すら残っていない主のいた場所にほんの少しだけ悲しそうな瞳を向けると、アル・アジフは機体の制御へと移る。
 時間はない、早くこの場所から去らなくては脱出できなくなる。
主の意思を無駄にする訳にはいかぬ。まだ戦わなければならぬのだ。

 アイオーンの中枢術式”アルハザートのランプ”が発動し、
 背中の飛行ユニット『シャンタク』がフレアを放出する。
 "アルハザードのランプ"は、術者の魂を燃料とする事によって、現実を自分の思うがままに変化させる動力機関だ。
 しかし、その術者はすでにいない。

 今のアイオーンは、ウェイトリーとの戦いで消え去った術者の魂の欠片をかろうじて燃料にして動いている状態だ。
 バイクでいうなれば、予備タンクで動いているような物だ。
早くしなければ、ガソリンが切れたバイクのように、活動を停止してしまう。

 ウェイトリー弟が、こちらの世界へと出てくるために開けた異相空間の出口。
 『こちら』の世界へと侵略してくる《門》である。
 しかし、今それはアイオーンが脱出するためのただ一つだけの出口だ。
 シャンタクからフレアから放出される。早く脱出しなければ。この空間はさらに不安定になり、脱出ができなくなる。
 しかし……そこでアルは気付いた。目の前の空間の亀裂に、一つの人影が存在している事を。

 紅のヒト型の影。アイオーンと同じ、鋼の巨人。
 これも機械で出来た神の模造品。最強の鬼械神。外套で身を包んだ、紅の幽鬼。


「見事だ。アル・アジフ。」

  それは。

「あの異形を――外宇宙の法則で存在する全き化け物を滅ぼすとは。」

その紅い鬼械神は。

「ならば、次のステップだ……。余を愉しませてみせろ!」


 漆黒の宇宙に圧倒的な存在感でそこにいた。
 何者か、と問うまでもない。その鬼械神、リベル・レギスを駆る存在は一人しかいない。

「……マスターテリオン!」

 瞬時に術を起動させる。相手があの《獣》である以上、戦いは避けられぬ。ならば、先手を取る事こそ重要。

「―――神銃形態!」

 魔術の術式が紡ぎ出される。魔術とは世界を自らの想いのままに書き換える術だ。
 彼女の口から漏れ出た異界の祝詞は、アストラルサイドから現実世界を捻じ曲げる。そして、それは出現した。巨大な、巨大すぎる刃金(はがね)の塊。

対 霊 狙 撃 砲 (アンチ・スピリチュアル・ライフル)。

 アイオーンの全長をすら超える巨大な砲が、出現した。否、それは正確には砲台ではない。これこそが『魔法使いの杖』。
 自らの魔術を安定化、増幅させる魔術武器。それこそが、真の姿だ。
 今まで幾多の外道や魔術師、旧支配者達を葬り去ってきた銃口が、紅き鬼械神へと向けられる。
 そして、彼女の中で最強の破壊力を持つ術式を紡ぎだす。

  「クトゥグァ。」

――クトゥグア。
 それは『旧支配者』と呼ばれる神々の内の一柱。
 超高熱のプラズマ体で構成されている詳細不明の神。その力を召喚したのだ。瞬間、世界が白く染まった。
 全ての物質を昇滅させる超高熱のエネルギーが、リベル・レギスへと迫る。
 だが―――。

「『天狼星(シリウス)の弓』よ。」

 瞬間、紅の鬼械神の手に巨大な弓矢が召喚される。
 超高熱が、リベル・レギスの弓から連続して放たれた矢によって打ち砕かれる。爆発。世界が再び白く染まる。
 超高熱の基礎となる魔術式の核を打ち抜かれたのだ。

「どうした?アル・アジフ。貴公の力はその程度か?最強の魔道書の名が泣くぞ。」
「……く。」

 所有者を失い、今のアル・アジフとアイオーンは不安定な状態にあった。
 魔術師と魔道書と鬼械神は三位一体。
 この三つが揃ってこそ、神をも撃ち滅ぼす力が得られるのだ。
 今のアル・アジフとアイオーンではその本来の力の一割も出せはしない。
 しかし、出口が塞がれている以上、戦わない訳にはいかない。

「イタクァ。」

 再び、アルは術を紡ぎだす。
 旧支配者が一柱、イタクァ。ハスターの眷属にして属性は『風』。ウェンティゴとも呼ばれる事がある。
 その能力は、クトゥグァとは真逆の超冷温。だが、リベル・レギスもただ攻撃を受けるのを待っている訳ではない。

 背中からバーニアのフレアらしき光を纏わせながら、アイオーンへと突進する。
 ―――速過ぎる!
 一瞬、否、それ以上の速度を持ってして、リベル・レギスはアイオーンとの距離を詰める。それは、アイオーンにとって致命的だった。

『―――ハイパーボリア・ゼロドライブ!』

 紅の鬼械神が吼え、その腕に冷たい冷気が宿り、具現化された氷の竜を引き裂く。絶対零度(アプソリュード・ゼロ)の極冷温の刃。
 それは必滅の力、旧支配者であるイタクァの力をも上回る絶対零度の手刀だ。

 元々、アイオーンの全長をすら上回る対霊狙撃砲は、長長距離から相手を狙撃し、その強大な攻撃量によって、一撃で対象を虚無へと戻す狙撃銃だ。
 故に、近距離での攻撃では、巨大な砲台は不向きと言えよう。
 とっさに、アイオーンは対霊狙撃砲を盾として、自らの体を護る。
 しかし、それもムダな事。必滅の絶対零度の手刀は、防御結界をも突き破り、魔導金属をも紙のように引き裂く。

 対霊狙撃砲は、リベル・レギスの手刀を受けて、金属部品を撒き散らしながら真中からへし折られる。それだけでは威力を打ち消きれず、アイオーンの片腕へと突き刺さる。

「は、あ………!」

 片腕をもぎ取られたアイオーンは、己の血液である水銀(アゾート)を噴水のように周囲へと撒き散らす。
 だが、こちらとて、無様にやられたりはしない。
 無事な片腕の拳へと変えて、そのまま、紅の悪魔へと拳を叩きつける。

「ぬ。」

 殴る。殴る。殴る。
 鬼械神の拳の攻撃は、ただ重量にまかせた物理的な攻撃だけではない。
 魔術の込められた拳の攻撃は、アストラルサイトへの直接的な攻撃(呪い)。魂の根本への直接破壊だ。
 その威力は、ヒヒイロガネで出来たリベル・レギスの装甲とて例外ではない。
 だが―――。

「ふむ、このような鋼鉄(はがね)の舞踏(ダンス)は嫌いではないが、いささか無粋という物。
ならば、こちらは小粋に返そうではないか。『ABRAHADABRA(死に雷の洗礼を)』」

 その瞬間、アイオーンのメインカメラが真っ白に染まる。
 リベル・レギスの強力な雷撃呪法が、アイオーンの貌半分へと直撃したのだ。
 凄まじい激音と共に、雷撃呪法を喰らった部分が砕け散り、ショートし、水銀の血すらをも蒸発していく。
 その衝撃によって、アイオーンは後方へと弾き飛ばれ、異相空間の入り口から飛び出る。

 最早、状況は不利。
   武器を失い、術者を失い、己の鬼械神すらも傷ついている。
 逃げるか。アルの冷静な一部分の思考が、そう結論をつける。
 だが、そこでふと目に入ったのは、蒼い地球。蒼い、蒼すぎる輝きを持った美しい地球。
 ――そうだ。ここで諦めてなるものか!

 彼女は魔術を用い、己の鬼械神の掌へと光り輝く魔術文字を展開し、銃を召喚する。
 対霊狙撃砲には及ばない、予備の小銃だ。親指と薬指だけでグリップを握り、中指をトリガーに添える。
 そして、光が亀裂へと真っすぐ向かう。光が漆黒の宇宙を染め上げ、異界の門を閉じる。
 しかし……やはり、紅のヒト形には傷をつける事は適わなかった。

「……諦めよ。」

中性的な、硝子のような澄んだ忌まわしい言葉が響き渡る。

「いかに最強を誇る貴公とは言え、術者なしでは、このリベル・レギスに敵う道理はあるまい。」

この言葉に答える義務はない。無言のまま、アイオーンは銃の引き金を引く。
一射。二射。三射。四射。五射。雷光の雨がリベル・レギスに襲い掛かる。

「無駄な事を。」

 紅の幽鬼の前方に、何重もの光の障壁が展開される。防御結界。それが、雷光を全て霧散させる。

「ン・カイの闇よ。」

 宇宙の闇よりさらに黒い、漆黒の球体が紅い鬼械神の腕より出現する。その数は11。
 重力弾。それがその漆黒の球体の正体だ。
 半数を機体制御とバーニアの噴射で回避。
 残る三つを防御結界を展開させて打ち消す。さらに一つは、手にした銃を囮にする。
 ―――残り、一つに捕まった。

「………ッ!」

   巨人の腹半分が、超重力の塊によって抉られる。それは、最早致命傷だ。
 だが、このままただではやられはせん。貴様も、道連れだ!
 そのアル・アジフの思考に反応し、漆黒の鬼械神が宇宙を翔ける。
 とっさの行動に不意をつかれたのか、リベル・レギスも回避できずにアイオーンと衝突する。
 満身創痍の巨人は、片腕だけで紅の巨人をしっかりとホールドする。
 そのまま、アル・アジフはさらにシャンタクのパワーをフルパワーへと移行。
 このまま、一緒に大気圏へと落ちてもらう……!

「余を道連れにするつもりか!」

 リベル・レギスからマスターテリオンの忌々しげな声が響き渡る。
絡み合った二体は、ついに大気圏へと突入。

「往生際が悪いぞ!」

 リベル・レギスは自由になった左手の掌で、アイオーンの半壊した貌を掴む。残っていた半分の貌が完全に破壊される。
 顔を失ったアイオーンからは力が失われる。リベル・レギスを放し、そのまま地球へと落下していく
 落ちる、落ちる、落ちる。
 重力の楔に囚われたアイオーンには、最早抗う術はない。
 漆黒の鬼械神は、流星と化した。

『損害率33%。戦闘性能18%低下。駆動システム及びメイン動力に一部損傷あり。
……追撃しなくて宜しいのですか?マスター?』

 宙にただ一機のみ残った紅の鬼械神より、明らかに少女で、歪な少女の声が響き渡る。
「構わん。彼奴は間違いなくあの街に落ちる。全ては運命が刻むがままに。
そして、運命の輪は余の手中にある。」
『イエス・マスター。万物はマスターの下に集い、傅き、従うのが正しい姿。
全てはマスターの御心のままに―――。』


 ―――地面に、巨大なクレーターが出来ていた。
 そこに横たわるは、鋼の巨人、否、それは最早巨人ではない。
 片腕、片足を完全に失い、貌まで失った存在は、もうヒトの形すら成していない。最早、この鬼械神に指一本動く力などありはしない。
 マスターテリオンの攻撃を受け、落下する際に衝撃でページの断片が抜け落ちてしまったのだ。
 アイオーンを操作する事もできない。もとより、例え操作できても大差はあるまい。
 もう、この鬼械神はただ爆発を待つだけの存在でしかないのだ。

「ここまでか……!」

 アイオーンの機能はほとんど死んでいる。
 動力術式機関である”アルハザードのランプ”すらも修復不可能に傷つき、燃料である術者の魂すらも尽きた。
 コックピットのハッチすらも開かない。
 せめて、後もう少し胸の傷が深く、そして広ければそこから脱出もできるのに。

「妾は、ここで死ぬ訳にはいかぬのに……!」

 微かに、ぴくりと漆黒の鬼械神の腕が震える。
 それは塵と還った術者の最後の魂の欠片。
 その意思に答え、ゆっくりと、ゆっくりと片腕の指が動き、砕けていない指で手刀を形作る。

「アイオーン……!お主、まさか。」

 彼は、そのまま、片腕を動かすと、一気に己の胸の装甲部分に自分自身の手刀を叩き込んだ。
 そして、そのまま、己の胸の傷を自らの手で広げる。そのさらに深くなった傷からは、外が見える。
 この鬼械神は、自らの主の脱出口を作るために自らを傷つけたのだ。

「行けと、言うのか。お主を見捨てて、さらに妾に地獄の戦場に行けというのか!お主は!」

く、とアル・アジフは己の口から漏れる嗚咽を隠せなかった。
そして、全ての感情を押しこめ、彼女は自らの相棒にこう告げた。

「……さらばだ。我が鬼械神。お主は最高の相棒じゃったぞ。」

自らの体に重力制御を施し、そこから一気に脱出する。
そのまま外へと出る。
そうして、彼女は疾走した。後ろは、決して振り返りはしなかった。

そして、彼女は出会う。魔を断つ剣に。


なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。

戻る